◎新政権は前政権の否定から始める
古今東西、変革を掲げた前政権は、新政権により再度変革されることとなる。アメリカ、韓国、マレーシア……変革は、極めてドラスティックである。政権側も常に、変革途上だから続けさせよ、と主張するから厄介この上ない。かくして政治家は異口同音に変革を訴える。蓋し変革は民主主義の宿命的キーワードだ。ただし、変革が常に良いものとは限らないから、我々は見極める力を養わなければならない。それを培うには自らの経験を含めた歴史に学ぶしかない。
幕府と尾張家臣の信任を得て藩主となった宗勝もやはり前任者の否定から始めた。
◎宗勝入部後、初の町触
元文四年五月四日、新藩主徳川宗勝が名古屋城に入ると、同月下旬に奉行所から次のような町触が発出された。ここでは要旨を簡潔に記す。番号は筆者が付した。なお、原文は『名古屋叢書第三巻 法制編(2)』に採録されている。
1. 町人は諸事簡略を旨とし派手にするな。
2. 家の構えは分限より軽く造れ。
3. 衣類は男女ともに美麗であることは好ましくない。古いものを厭わず粗末な服を着ること。
4. 買い占めで値段を吊り上げるな。
5. 婚礼の諸道具・衣類・祝儀の宴も質素にせよ。
6. 贈答は近縁の者以外にはするな。
7. 分限を越えた法要をするな。
8. 分限を越えた寺社への寄進をするな。
9. 家族でない女を家に置くな。
10. 他国から来た座頭・瞽女・比丘尼や奇異な振る舞いをするものを泊めるな。
11. 町人は武士に対し無礼のないようにせよ。特に売子・手代・下人は不埒者が多い。
12. 奉行所は法に従って手心を一切加えない。
総じて質素倹約に努めよと言っている。9は売春の防止の意図だろうが、10と併せてみると社会的弱者を締め出すものだ。11が興味深い。売子・手代・下人が武士に馴れ馴れしく話しかけることが宗春の治政下では許されていたのだろう。他にも「分限」の文字が見え、身分制の引き締めが改革の要点といえる。
◎ヒューマニズムに満ち溢れた治政
この触れを逆読みすると宗春治政の頃の町の様子が見て取れるのではないか。
購買力があるから小細工を弄することなく物価が上がる。儲けた金で衣裳や住居を飾り、知り合いも招いて冠婚葬祭を派手に行う。寺社への寄進は寺社地に集まる恵まれない者の糊口を凌(しの)いだことだろう。旅芸人に慈悲を施す一方で武士も人として対等に見る。奉行所は杓子定規とならず情状を酌む。奇異な者らに対して好奇心を持ち、慈しみに溢れ、金が循環し、諸共に世を愉しむ姿。――これぞまさしく宗春の目指した「仁」に基づく血の通った政治ではないか。
これが失政とは筆者にはどうしても思えない。
